Introducing Japanese Culture Events

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ある日突然、社員全員が、会社をクビになりました(笑)。

何の話かと思われるかもしれませんが、この出来事が、328誕生のきっかけになるのだから、人生何が幸いするか分からないものです。詳しい話は、語ると長いので興味のある方はラウンジで…、とさせていただきますが、約8年間勤務した会社のこの不意の出来事が、改めて自分のやりたいことや、今後の生き方といったものに目を向ける大きな転機となりました。

 

それまでも、おぼろげに温めていたゲストハウスオープンですが、実際にロードマップを引いて、人生始めての事業計画書なるものを、本と首っぴきになって作りはじめて3年。

サービス業のイロハと羽田空港の乗降客のマーケティングをするべく、空港内ホテルでアルバイトをしたり、叩けど叩けど門前払いされる不動産屋さんに通って物件を探すのに費やした日々は、約1年半。物件が決まり、内装工事を始めてからは4ヵ月の月日を経ています。

それでは、これから大きく3つの章に分けて328ができるまでを、お話ししたいと思います。

328,羽田,ゲストハウス

第一章始まりと終わりの宿

 

20のはじめから、30代前半にかけて、友人と一緒の旅行では味わえない珍事件に巻き込まれる面白さにはまり、長くて1~3ヶ月、短くて一週間、バックパックをしょって、観光地ではない場所に一人でフラリとでかけていっては帰ってくるという生活を送っていました。といっても、世界一周とか、アジア沈没といった感じの筋金入りのバックパッカーではありません。これまで行った国で特に印象に残っているのは、カナダのイヌビック、モンゴルでの遊牧民ホームステイ、スペインから入ってモロッコを一周するルート。それと第2の故郷ともいうべき、愛してやまないカリブ海のジャマイカ、といった感じです。ユースホステルやゲストハウスとの出会いは、こうした海外一人旅で利用した宿にさかのぼります。ゲストハウスの楽しさはなんといっても、同じ一人旅の旅人との出会いで、自分がノーマークだった場所に行ってみることになったり、一人だと割高になるレストランに、一緒に入って食事をシェアすることで、安くあげたり…。今でこそ、なんでもgoogleMapとWebで検索の世の中ですが、当時はその場所に行かなければ手に入らない情報だらけで、旅で出会う人達との出会いには本当に助けられました。

穴守神社

さて、歳をとり、これまであまり目を向けていなかった国内旅行に行ってみようと思う機会が多くなりました。しかしながら、行きたい場所に、一人旅の自分が手ごろな値段で宿泊できる施設が見当たりません。海外だと平気なのに、国内だと自意識過剰な私は、ホテルや旅館に女一人で宿泊すると、なんか訳ありに思われそうと、どうしても国内一人旅には踏み出せなかったのだから笑えます。そんな時、偶然見つけたのが、5~6年程前からブームになっていた国内のゲストハウスでした。おっかなびっくり宿泊してみると、これが思った以上に快適。特に個人で経営しているゲストハウスは、内装などもそれぞれ趣向を凝らしていて美しいし、外国人も多く宿泊しているから、国内にいながら外国にいる気分にも浸れるし、おまけに安いしともってこい。こうしてゲストハウスいいなぁ、と改めて思うようになり、その想いがいつしか、地元でゲストハウスを開きたいな、と思うまでに膨らんでいきました。ただゲストハウスを開くのであれば、観光地の近くの方が適しています。東京であれば、浅草や上野、またはすでにゲストハウス激戦区になっている下町で有名な入谷、谷中、山谷など。でも私は、どうしても羽田空港の近くに開きたかった。

 

理由は、長年住み慣れた地元の街でなじみがあるということもあるけれど、自分が個人旅行をしていた時、空港の近くにゲストハウスがあったら便利だよなー、というニーズを感じていたことがあります。夜遅くのフライトで日本についた時、これから訪れる国の情報交換ができ、また、帰国の際は、楽しかった旅の思い出を語れる。ホテルとは違うオープンスペースがあったら嬉しい! そんな想いです。また、できれば地元の人々とも交流してもらい、羽田を好きになってもらいたいなぁ、とも考えました。こうして、「旅の出口と入口の宿」というコンセプトの元、羽田空港近くに絞って物件を探し始めました。

第二章困難を極めた物件探し

 

実は、羽田空港至近ではないけれど、空港から電車で30分以内の大田区に、10年以上も空家になっている祖父の家がありました。最初はここを改装してゲストハウスにしよう、と考えていたのですが、実際に営業されているゲストハウス経営者の方にお話を伺ったり、管轄の大田区の保健所へ足を運んでみると、施設の近くに学校がある場合は、許可申請が必要だったり、当該施設の避難路の下に50cmの幅がないと消防法の許可が下りなかったりと、小学校の裏門前、左右は家で密集の祖父の空家での開業は、かなり難易度が高いことが分かりました。そこで、祖父の家の改装はあきらめ、賃貸だけれど改装可という物件を探すことにしました。しかし、実際に羽田空港近辺で物件探しをはじめてみると、思うような場所はなかなかでてきません。夢ばかり膨らみすぎていた私は、何度も心が折れそうになりました。

不動産屋さんでは、ゲストハウス経営と言ってもピンとこないらしく、80%がまず門前払い。アパマン経営か、当時人気だったテレビの「テラスハウスみたいなのでしょ?」と、シェアハウス経営だと勘違いされ、事業内容の説明をするだけで、「あ、そういうのはできないです、ないです」ときっぱり言われて終了か、「そんな物件がでてきたら、連絡しますね」と言われてそれっきりという日々が続きました。不動産屋さんにいって直接紹介してもらうのは、もう無理。作戦を変更し、自転車に乗ってウロウロと空家を探しては、通りすがりのご近所さんらしき人に「ここ、空家じゃないですか?」と尋ねてまわり不審者扱いされたり、人づてに紹介してもらった、中古物件の売買ブローカーに騙されそうになったり…、本当にたくさんの苦い経験をしました。

 

物件探しに費やした日々はこの時点で1年。疲れとあせりで半ば諦めモードだった私の状況が変わったのは、気分転換に立ちよった図書館で見つけた、大田区ビジネスモデルプランコンテストというチラシでした。そもそも328のような、ゲストハウスは大田区には一軒もありません。開業すれば大田区で初めてのゲストハウスになる。新規性は十分あるので、ここで何かのタイトルをもらえれば、門前払いの不動産屋さんへ事業の説明をする際、信頼してもらえるきっかけができるかもしれない。そう考えて応募しました。運よく、奨励賞という賞をいただき、刷り上がったパンフレットを持って不動産屋さんを訪れるようになってから、やっと紹介までしてくださる不動産屋さんが増えました。こうして最終的に決定した今の物件は、羽田在住の中学校の同級生が「あそこに、空き物件の札がでているよ」と、教えてくれたものです。この辺では多く見かけるウナギの寝床のようになった細長い建物。2階には、昭和を感じさせるレトロなガラス窓がたくさんはめこまれていて、なつかしかわいいい雰囲気です。本当は、1階部分しかRentしていなかったのですが、不動産屋さんを通して大家さんに交渉していただき、2階部分も含めて、賃貸だけど改装OKという許可をいただき、契約することにしました。しかしこの物件には、改装してはじめて分かる高いハードルが待ち構えていたのです。

第三: 古家リノベーション

 

物件を契約したあとの内装工事ですが、ひょんなことから、友人の紹介のまた紹介というルートで北海道在住の建築家の方にお願いすることになりました。

この方、北海道ではミシュラン3ツ星レストランなどの内装も手掛けられている方で、正直、なんでこんな低予算のゲストハウスのリノベーションなんか引き受けてくれたのか不思議だったのですが、そのギャップが面白いかも…と、内装デザインも含めてドーンとお任せすることにしました。物件の本契約は4月。しかし、それから1ヶ月半過ぎても、最終の見積もりがあがってきません。契約後、いきなりの停滞。しかも家賃だけは発生し続ける毎日に焦りが募ります。見積もりがなかなか上がらなかった理由のひとつに、建物全体が右横に傾いている、ということがあったのですが、それがどれだけ改装工事を大変なものにするのか、この時点ではまったく分かっていませんでした。北海道と東京でのメールのやりとりが続き、ようやく6月上旬に見積もりがFix。それからほどなくして、北海道から、ちょっと変わった雰囲気の大工さんが一人でひょっこりとやってきました。

 

「まさか作業するのは、この大工さん、一人じゃないよね?」

 

おっかなびっくり聞いてみると、「うーん。時々手伝いは頼むかもしれないけど、基本は一人ですよ」と耳を塞ぎたくなる答え。しかも、水道や電気工事を依頼する業者さんもまだはっきりとは決まっていないというではないですか…。工事の納期は7月末。改装予算も限りがあり、なおかつ夏の観光シーズンにオープンを間に合わせたかった私は、本当に2ヶ月弱で工事が終了するのか気がきではありません。しかし、今さら始まってしまった工事を止めるわけにはいかず、大工さんが到着したその日から解体作業が始まりました。順調な解体工事。と、思いきや解体してからでてくる、思いがけない欠陥の数々。当初から斜めに傾いているのは承知の上でお借りした物件ですが、いざ天井をあけてみたら、以前の借主が改装した際、梁を途中で切ってしまっていたり、シロアリが食ってしまっている場所がでてきて補修したり、後から後から「これどうしますか?」「直すから時間かかるよ」という部分がでてきて、7月納期は、もはや絶望的に…。そしてそれ以前に、あてにしていた水道、電気、さらには壁塗りの業者さんまで、予算と納期の関係で依頼できず、白紙状態に…。これは、自分でもなんとかするしかないと、腱鞘炎と血豆をつくりながら階段の粘着テープをはがしたり、知人や友人にがれき撤去や壁塗りをお願いするなど、まさに手作りで作業が進んでいきました。しかし、力仕事くらいはなんとかなっても、絶対に素人ができないのは、電気と水道の工事。改装の一番要の部分が、8月になっても決まらず、もはや絶望的、と眠れぬ日々を送っていた頃、びっくりするような奇跡が起こりました。 羽田の夏祭りのための提灯を、物件前の道路に取り付けていた電気工事の方にトイレを貸し、半ば冗談でその方に電気工事を依頼すると、自分はできないが、羽田で昔から工事をやっている顔の広い電気工事の会社の方がいるのでその方に聞いてみよう、とその場で電話をかけてくれ、結果、この電気工事の会社の社長さんが経由で、水道業者さんまで紹介していただき、なんとか9月初旬に工事を終了することができました。

 

こうして、たくさんの方の助けを借りながら、暑い暑い夏の約3ヶ月半に及ぶ工事が終わり、9月26日に開業届を出し、大田区ではじめてのホステル328が(サンニッパ)が、誕生しました。

宿名の由来は、住所、羽田3-2-8から来ていますが、実はもうひとつあります。そのもひとつの由来は、328を訪れていただいた方だけにこっそりお知らせしたいと思っています。

328のコミュニティーラウンジ

羽田のゲストハウス「328」